「一部の人々に「純文学」が色々と誤解されているらしい件。」を読んで思ったこと。

2016/11/02

一部の人々に「純文学」が色々と誤解されているらしい件。

あらすじ

拙作へ寄せられた感想に接したときに考えたこと、感じたことを書いてみました。

作者:(=`ω´=)
種別:短編小説
ジャンル:エッセイ〔その他〕
掲載日:2016年 10月25日 14時20分
キーワード:null

今回は紹介というよりも管理人の考えが多くなっています。
基本スタンスは中立です。

ちょっと最近「純文学」とは何かという事が気になったため調べていたのですが、色々と調べてみてもよく理解できませんでした。
そんな時に出会ったのがこのエッセイです。
このエッセイは今までに数多くの小説を読み書きしてきた筆者が自身を持って発表した純文学小説に対し

「こんなものは純文学ではない!」

と高圧的に指摘してくる事に耐えきれなくなり発表したという話のようで、所々で筆者の怒りとも取れるような文と「こんなものは純文学ではない!」と言った人たちを否定する言葉が散乱しています。
内容は

この例からもわかるとおり、ジャンルの境界と同じく、高尚なものであるのか否か差も、実はそんなにはっきりとしたものではない。
ときと場所、あるいは作品を受けとめる側の知性や価値観によって大きく変わってくる。
その程度の、相対的なものに過ぎません。
妙な先入観や思い込みに惑わされることなく、自分自身の見識のみを頼りにして、目の前の事物を曇りのないめで 見て、評価した方がよろしいですよ。
(本文最終行より引用)

ということに収束する話でした。
つまり「純文学だから面白い」とは考えないで、単純に面白いか面白くないかを考えた方が良いと言うことでしょう。

そして、これがこのエッセイの「純文学とは何か?」といった結論であり、不幸の元凶の一つとなってしまったのです。

実はこの作品今現在、感想が若干炎上しております。
3000文字弱のエッセイに感想が41件も投稿されているのですからちょっとした異常事態です。
もちろん真剣に受け止めて考えたり、共感する声もありますが感想を見れば喧嘩腰ともとれる意見が有るのを確認できるでしょう。
この様になってしまったのは、先程元凶の一つと言った結論がどうしても読み手の解釈に依存してしまうため、少しでも疑問点があれば納得できなくなり、「こんなものは純文学ではない!」と言っていた人たちを否定していた前半部分に感化されて若干懐疑的な感想を書いたら、悪意を持った感想だと思った筆者の返答に頭に血が上ってしまいもう一度感想を書いてしまうという負のスパイラルが発生しています。

ここまで書いていうのはどうかと思いますが、別に結論自体には問題があるとは思えませんしこれだけでは軽く炎上はしないでしょう。
そもそもこのエッセイがこのような結論に到達することは

基本的にどんな誤解や偏見を持っていてもそれは個々人の自由だと思います。
わたしだって、基本的には、そうした偏見に干渉するつもりはない。

という文が最初に書かれている時点で予測できてもおかしくありません。
やはり問題は前半部分での怒りを感じさせるような文章も大きいのでしょう。(それに感想を「礼儀には礼儀を。無礼には無礼を」というスタンスで返答していることも)
色々な要素があって色々な人が大変になっているエッセイでした。

内容は悪くないんですけどね……
特に私なんかは知的好奇心を満たす日本史や数学の比較的優しい本を薄く広くみるのが好きなので小説をあまり読めておらず、小説を多く読んでいることには敬意を示せます。

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